ダニー先生の口癖は「俺が国税局に勤めていた頃は・・・」である。
そう。彼はこの会計事務所にヘッドハンティング(?)される前までは国家公務員でキャリアだったらしいのだ。
それが何でこのばっちい上に狭い事務所に来たかと言うと事情は次に述べるとおりであるのだが、その前にA先生について触れなくてはならない。

A先生は所謂税務署出身の試験免除でなることができた税理士である。
税務署に長年勤めて来たのだから、税務関係はお手の物と思ったら大間違いなのである。
A先生はB/Sも読めなければ、P/Lも読めない。ましてや申告書の作成など全く知らないのである。
事実、A先生自身の個人の確定申告も事務員の長島さんが行っている位である(という訳で、先生のお財布事情は全事務員の共通の情報として密かに共有していた)。

しかし、客は当然それを知らない。客は先生に相談に来るのだが、茶飲み話も終わって話が本題に入ってくると担当事務員が呼び出され、
「それは、私のような人間が答えるような内容のレベルではないから○○さんに聞きなさい」と言う訳である。

客は夢にもA先生が会計・税務知識が皆無だとは思っていないので、
「いやいや。確かに。先生、失礼致しました」となる訳である。

そんなことが続いたある日、A先生はたまたま病気になって入院したのをキッカケに、入院中、自分の代わりにナンデモやってくれる人材が欲しくなったらしい。
そこで白羽の矢が立ったのがダニー先生だった。ほんの数回面識があるだけだったらしいが、A先生は

?    自分の亡き後は事務所ごと客を譲る
?    月給は現職の数割増
?    ?以外にも手厚い手当てをつける
?    その他、以下省略

を条件にダニー先生を誘った。まぁ、その時、A先生は死出の心の準備をしていた訳である。

当時、ダニー先生は国税局で米搗きバッタのように深夜を問わず働くという激務だったらしい。
そこで、条件の良さも手伝って一念発起して転職に踏み切った訳である(オソロシ、オソロシ)。

最初の頃こそ二人は一緒に食事に行ったり、お互いに相談しあったりと親しくしていたらしい(BY長島さん談)。
しかし、ダニー先生の転落の人生はA先生が奇跡的に回復し、事務所に通勤できるようになった頃から始まった(事務員も同様に地獄に落ちたと後述している)。

先生は全快し戻ってくるなり皆を集めてこう言った。
「実はこの不景気で当事務所の経営も難しくなっている。そこで、来月から原さん、長島さん、定岡さんの給料を5万円ずつ削ることにしたから。江川さんは2万円カットと言いたいところだが最近、簿記の資格を取ったから資格手当ての2万円と相殺だな。B先生は20万円カットでその他の手当ても今後は一切出さないからね」

これら一連の事件は私が事務所に入るほんの前に起こったことである。

皆は激怒した。当然である。A先生の懐具合と事務所の儲かりぶりは皆知っているのである。
そして、A先生の息子がつい最近2000万円をA先生に出して貰って開業医(因みに息子様はお歯医者様です)になった事も。

「今思い出してもホントムカツクわ。だって、A先生は今年の高額所得納税者として名前も載ったし、それに客だって前年より相当増えてるのよ。残業残業で私達は死にそうなのにその上賃金カットだなんてさ」

更に可愛そうなのは、ダニー先生。?〜?の条件がほんの数ヶ月で反故になった訳である。
しかも、最近では露骨に、
「君、いつまでも寄生虫みたいに人に仕えていないで自分で事務所でも構えてみてはどうかね。一国一城の主になる。それが男と言うものだよ。わっはっはぁ〜。」と?も反故にするつもりでいるのである。

そう。ダニー先生は一転邪魔者になったのである。A先生はダニー先生が外回りに行くのを確認するといそいそとパテーションを超えて事務員にこう話し掛けてくるのだった。
「しっかし、いつまでいるつもりなんだろうねぇ。あの男は。恥ずかしくないんだろうかねぇ」と。

A先生はダニー先生が外回りから帰ってくると完全に無視するか、部屋に呼び出しねちねちと重箱の隅を突付いたような明らかに嫌がらせと分かるようなことを言う(申告書の税理士の欄のハンコが少し曲がってる(笑)等。)。

「あんたもソロソロ苦労しないと・・・」と言うのがA先生のダニー先生に対する口癖となっていた。
皆は顔を見合わせまた始まったと言う顔になる。

実は私は入所した当初、ダニー先生が全面的に面倒を見るということになっていた。
私の前は江川さんを木目細かくサポートし、一人前に育てていたらしい。
「だけどあなたも本当に運が無いわよね。ダニー先生ったら、江川さんの頃と違ってもう精神的にゆとりがないからあなたのことほったらかしだもんね。あなたもいつまでも伝票整理だけじゃ嫌でしょう」と長島さんがニヤニヤ笑いながら話し掛けてきた。

彼女はつい最近私に、
「海山さん、悪いんだけどそこの月払いの納付書取ってくれる?」と言った。
「???えっ、ノーフショって何ですか」と私が尋ねると思いっきり噴出し、
「そんな常識も知らないのぉ?私もよくモノを知らないとか自分で思う時があるけど安心しちゃった。私よりひどい人がいたのねぇ」とこれまた容赦ない。
「あんたね。ちょっと言い方がきついんじゃない。・・・でもまぁ、海山さんも早く仕事を覚えて貰わないとこの事務所に居れなくなるよ。以前、やっぱりあんたみたいに未経験の子がここに入ったけどA先生が虐めて追い出しちゃったもの。そういう意味じゃ、確かに江川さんはラッキーだったけどあんたはそうはいかないんだから頑張らないと」と定岡さんから忠告を受ける。
でも、右も左も分からない上に誰も何も教えてくれない。聞いても、である。

私は毎日伝票の整理ばかりをし、意図も分からずコンピュータの入力をしていたのである。
合っているのか、間違っているのか指導してくれる人は誰もいない。
私の質問や疑問は皆の沈黙という形で還ってくる。
ダニー先生もゆとりがないのか「先生、このお客さんのこの領収書なんですが・・・。どう処理したらいいんでしょう」と尋ねると「うーーん。いいよ。これは見なかったことにしとこうよ。」と言って領収書をくしゃくしゃにしてぽいっとごみ箱に捨ててしまったのであった。

だんだん分かって来た事であるが、A先生のダニー先生への嫌がらせは私が認識していた以上にかなり本格的になっていたのである。どんな細かいミスも漏らさず致命的な失敗にこじつけてダニー先生に突きつけるタイミングを計っていたらしいのである。

A先生はダニー先生ナキ後、私の教育係として誰に面倒を見させるかを裏で事務員4人に打診していたらしい。
その頃、そんなことも知らず私は無邪気にダニー先生の外回りからのご帰還を待っていたのである。
「まっ、いいか。先生が帰ってきたら聞こう。今日、長島さんがコーショーニンって言ってたけど何だろう。先生早く帰ってきて教えて欲しいな。もう、伝票の整理もとっくに終わったんだけどな・・・」

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