第6話 閑話休題
2002年6月6日ここでは幾つかのエピソードと共に各事務員のご紹介を。
・隣の愛人(定岡さんの場合)
雑居ビルにある事務所の隣に怪しげな会社がある。社員は3人。そこのボスらしき女性は40代半ばといったところ。たまにお昼頃にノコノコ会社にやってくる。その出社日には必ず事務所にやってきて定岡さんに纏わりつく。
定岡さんは「あの女、大嫌い」と公言して憚らない。
彼女は所謂、某会社の社長の愛人。隣の会社は社長が経理事務所の名目で借り上げた部屋である。しかし、この女性。経理はさっぱり出来ないし、やらない。マニキュアを塗るなどして過ごして3時頃には会社を閉めて帰る。愛人手当てとして支払うよりも公然と経理部長として払った方が何かと社長には好都合。
かくしてエセ部長は実質愛人手当てを月50万円貰い、週に数回会社に数時間ほど通うのであった。名目上とは言えそこは経理事務所。給料計算から事務処理まで全てを定岡さんが代行していた。
そして、かの愛人は「ねぇ。ちゃんとやってるぅ?」と視察に来る訳である。これで月50万円。
何度か社長と彼女がいそいそ腕を組んで帰るところを目撃したこともある。
定岡さんはこの事務所に来る以前、他の会計事務所に勤めていたことがあったそうな。
その時、幅をきかせていたのがその事務所の先生の愛人だったというのだ。愛人の傍若無人な振る舞いに切れた事務員が一致団結して一斉に辞表を書き、先生に叩き突けようということになったらしい。
しかし、それを決行したのは結局2人。その内の1人が定岡さんだった。残りの事務員は不穏な動きを察知した愛人が「先生に頼んであなたのお給料上げて貰うから」と篭絡したらしい。
裏切られた2人がその後人間不信に陥ったのは想像にかたくない。
定岡さんが「愛人」に嫌悪を示すのも無理からぬことだと同情する。合掌。
・怪我をした作業員(もう一度、定岡さんの場合)
珍しく定岡さんが溜息をついている。原因は現場監督と作業員のトラブル。
実は、某零細建設会社の作業員が作業中に転落して大怪我をしたらしいのだ。
しかし、監督は彼の労災の申請をもみ消したらしい。どう考えても労災なのだが、監督は自分の現場から怪我人が出たことを世間や本社に知られたくないらしいのだ。
今後の雇用にも響くし、どういう管理をしていたのか本社からその責任を問われるのが嫌だというのである。
端的に言えば調査されると困る位、杜撰な現場なのである。
労災の申請をと泣き付く作業員に、監督はそこまで言うのなら辞めさせる事だって出来るんだぞと半ば脅迫に近い物言いで捻じ伏せたらしい。
結局、気の毒な彼は労災を申請することなく自腹で病院に行ったらしいのだ。
定岡さんが作成した労災の申請書は彼女の溜息と共に虚しく床に舞い落ちたのだった。
・A先生の湯飲みの洗浄は(長島さんの場合)
私達はローテーションで顧客にお茶だしをしたり、皆の湯呑みを洗ったりする。そこで、暗黙の内に出来ているルールがある。
A先生の湯呑みと事務員の湯呑みは別々に洗うと言うことである。
長島さんの実演による模範的なA先生の湯呑みの洗浄は方法は下記の如くである。
?事務員の湯呑みを念入りに洗い、布巾で丁寧に拭き棚にしまう。
?A先生の湯呑みの口の部分から出来るだけ遠くを親指と人差し指で摘まむ。
??の飲み残しをぺっぺっと振り脇に置く。
?オモムロにスポンジで灰皿を洗う。
??のスポンジでお取置きしていた?を洗う。
??を自然乾燥する。
一度、海山が誤ってA先生の湯呑みと皆の湯呑みを一緒のスポンジで洗ったら大ヒンシュクを買ったというイキサツがある。皆は、惜しげもなく自分達の湯呑みを捨て、即日、新たな湯呑みを購入したのであった。何だか潔いのである。
・解約した保険金(江川さんの場合)
この登場人物の中で最もマイペースでクールな江川さん。とても無口な人である。彼女の辞書に失言というものは恐らくない。
そんな彼女が気に掛けているお客さんはつい最近倒産した○○株式会社の東社長だった。
とても人のいいオジサンなのだが、経営が傾き、ついには多額の借金を抱えたまま資金繰りに東奔西走の毎日を送っていた。終いには従業員に払う給料もままならず社員は次々と会社を去っていった。
その上、更に社長自身にも不幸が降りかかる。
長年の無理が祟ったのか脳梗塞で倒れてしまったのである。それに輪を掛けて不幸なことに社長自身に掛けていた保険金はほんの1ヶ月前に解約したばかりだったのだ。社長は、現在も下半身付随で言葉を発することすらままならない。
「本当についていないヒトっているよねぇ」普段は滅多に喋らない江川さんが珍しく唯一その心情を語った事件でもあったのである。
・キャバレーのママ&明美ちゃん(原さんの場合)
原さんの頭痛の種はとあるキャバレーのママ。
羽振りのいいお店を酒場の一等地に構えているのだが、何故か彼女のところから上がってくる伝票をコンピュータ処理して見ると毎月トンでもなく赤字なのである。
「もう。絶対おかしいってば。だって、個人の確定申告だって赤字なのよ。税務署にどうやって生活しているのかしらって思われちゃうわよ」と原さんは嘆く。
「ママはね。伝票とか丸めて捨てちゃうし、お店のレジからお金を抜いていくのよ。そんなのしょっちゅうみたいなのね。これでまともな決算を組めというのが土台無理な話しなのよね」と肘杖をついて深刻な顔をしている。
そこに新たな頭痛の種が舞い込んできた。
多分、お客さんに入れ知恵をされたのだろう。かつてそのクラブの従業員(?)だったホステスの明美ちゃんが「確定申告をしたいからゲンセンチョーシューヒョーを出してよ」と言ってきたのである。
普通の会社の従業員がこう言って来たらベテランの原さんのこと、数分もあればチョチョイノチョイで作成するのであるが・・・。
問題はその従業員明美ちゃんがホステスなのが問題なのである。
何もホステスが悪いというわけではない。
つまり、問題点はこうだ。
今まで源氏名を「明美ちゃん」で通していた女性Aがある日、キャバレーを辞めてしまったとする。その時点で「明美ちゃん」を語る女性Aは消えるのだが、その後入ってきた女性Bがやはり「明美ちゃん」を名乗ったりするということが起こるのである(クラブのママが、「もう明美ちゃんはいないからこの源氏名は利用可能よ。とでも言うらしい)。そうした場合、特にママから明美ちゃんがチェンジしたとの連絡はない。女性の本名が明かされることもない。確定申告をしたいから源泉徴収票を出してと言っている「明美ちゃん」は一体いつからいつまで働いていたのか分からないのである。
原さんが必死にきちんと把握できるように整理しましょうと言ってもママは何処吹く風。
結局、指名の伝票を元に探偵の様に類推し、
「ここから指名の数が極端に減っているから、この時にチェンジしたのかもしれないわね」と原さんは自分に言い聞かせるように指名伝票を食い入るように見ている。
・・・こうしてゲンセンチョーシューヒョーは作成(もしくは捏造か?)されていったのである。
・隣の愛人(定岡さんの場合)
雑居ビルにある事務所の隣に怪しげな会社がある。社員は3人。そこのボスらしき女性は40代半ばといったところ。たまにお昼頃にノコノコ会社にやってくる。その出社日には必ず事務所にやってきて定岡さんに纏わりつく。
定岡さんは「あの女、大嫌い」と公言して憚らない。
彼女は所謂、某会社の社長の愛人。隣の会社は社長が経理事務所の名目で借り上げた部屋である。しかし、この女性。経理はさっぱり出来ないし、やらない。マニキュアを塗るなどして過ごして3時頃には会社を閉めて帰る。愛人手当てとして支払うよりも公然と経理部長として払った方が何かと社長には好都合。
かくしてエセ部長は実質愛人手当てを月50万円貰い、週に数回会社に数時間ほど通うのであった。名目上とは言えそこは経理事務所。給料計算から事務処理まで全てを定岡さんが代行していた。
そして、かの愛人は「ねぇ。ちゃんとやってるぅ?」と視察に来る訳である。これで月50万円。
何度か社長と彼女がいそいそ腕を組んで帰るところを目撃したこともある。
定岡さんはこの事務所に来る以前、他の会計事務所に勤めていたことがあったそうな。
その時、幅をきかせていたのがその事務所の先生の愛人だったというのだ。愛人の傍若無人な振る舞いに切れた事務員が一致団結して一斉に辞表を書き、先生に叩き突けようということになったらしい。
しかし、それを決行したのは結局2人。その内の1人が定岡さんだった。残りの事務員は不穏な動きを察知した愛人が「先生に頼んであなたのお給料上げて貰うから」と篭絡したらしい。
裏切られた2人がその後人間不信に陥ったのは想像にかたくない。
定岡さんが「愛人」に嫌悪を示すのも無理からぬことだと同情する。合掌。
・怪我をした作業員(もう一度、定岡さんの場合)
珍しく定岡さんが溜息をついている。原因は現場監督と作業員のトラブル。
実は、某零細建設会社の作業員が作業中に転落して大怪我をしたらしいのだ。
しかし、監督は彼の労災の申請をもみ消したらしい。どう考えても労災なのだが、監督は自分の現場から怪我人が出たことを世間や本社に知られたくないらしいのだ。
今後の雇用にも響くし、どういう管理をしていたのか本社からその責任を問われるのが嫌だというのである。
端的に言えば調査されると困る位、杜撰な現場なのである。
労災の申請をと泣き付く作業員に、監督はそこまで言うのなら辞めさせる事だって出来るんだぞと半ば脅迫に近い物言いで捻じ伏せたらしい。
結局、気の毒な彼は労災を申請することなく自腹で病院に行ったらしいのだ。
定岡さんが作成した労災の申請書は彼女の溜息と共に虚しく床に舞い落ちたのだった。
・A先生の湯飲みの洗浄は(長島さんの場合)
私達はローテーションで顧客にお茶だしをしたり、皆の湯呑みを洗ったりする。そこで、暗黙の内に出来ているルールがある。
A先生の湯呑みと事務員の湯呑みは別々に洗うと言うことである。
長島さんの実演による模範的なA先生の湯呑みの洗浄は方法は下記の如くである。
?事務員の湯呑みを念入りに洗い、布巾で丁寧に拭き棚にしまう。
?A先生の湯呑みの口の部分から出来るだけ遠くを親指と人差し指で摘まむ。
??の飲み残しをぺっぺっと振り脇に置く。
?オモムロにスポンジで灰皿を洗う。
??のスポンジでお取置きしていた?を洗う。
??を自然乾燥する。
一度、海山が誤ってA先生の湯呑みと皆の湯呑みを一緒のスポンジで洗ったら大ヒンシュクを買ったというイキサツがある。皆は、惜しげもなく自分達の湯呑みを捨て、即日、新たな湯呑みを購入したのであった。何だか潔いのである。
・解約した保険金(江川さんの場合)
この登場人物の中で最もマイペースでクールな江川さん。とても無口な人である。彼女の辞書に失言というものは恐らくない。
そんな彼女が気に掛けているお客さんはつい最近倒産した○○株式会社の東社長だった。
とても人のいいオジサンなのだが、経営が傾き、ついには多額の借金を抱えたまま資金繰りに東奔西走の毎日を送っていた。終いには従業員に払う給料もままならず社員は次々と会社を去っていった。
その上、更に社長自身にも不幸が降りかかる。
長年の無理が祟ったのか脳梗塞で倒れてしまったのである。それに輪を掛けて不幸なことに社長自身に掛けていた保険金はほんの1ヶ月前に解約したばかりだったのだ。社長は、現在も下半身付随で言葉を発することすらままならない。
「本当についていないヒトっているよねぇ」普段は滅多に喋らない江川さんが珍しく唯一その心情を語った事件でもあったのである。
・キャバレーのママ&明美ちゃん(原さんの場合)
原さんの頭痛の種はとあるキャバレーのママ。
羽振りのいいお店を酒場の一等地に構えているのだが、何故か彼女のところから上がってくる伝票をコンピュータ処理して見ると毎月トンでもなく赤字なのである。
「もう。絶対おかしいってば。だって、個人の確定申告だって赤字なのよ。税務署にどうやって生活しているのかしらって思われちゃうわよ」と原さんは嘆く。
「ママはね。伝票とか丸めて捨てちゃうし、お店のレジからお金を抜いていくのよ。そんなのしょっちゅうみたいなのね。これでまともな決算を組めというのが土台無理な話しなのよね」と肘杖をついて深刻な顔をしている。
そこに新たな頭痛の種が舞い込んできた。
多分、お客さんに入れ知恵をされたのだろう。かつてそのクラブの従業員(?)だったホステスの明美ちゃんが「確定申告をしたいからゲンセンチョーシューヒョーを出してよ」と言ってきたのである。
普通の会社の従業員がこう言って来たらベテランの原さんのこと、数分もあればチョチョイノチョイで作成するのであるが・・・。
問題はその従業員明美ちゃんがホステスなのが問題なのである。
何もホステスが悪いというわけではない。
つまり、問題点はこうだ。
今まで源氏名を「明美ちゃん」で通していた女性Aがある日、キャバレーを辞めてしまったとする。その時点で「明美ちゃん」を語る女性Aは消えるのだが、その後入ってきた女性Bがやはり「明美ちゃん」を名乗ったりするということが起こるのである(クラブのママが、「もう明美ちゃんはいないからこの源氏名は利用可能よ。とでも言うらしい)。そうした場合、特にママから明美ちゃんがチェンジしたとの連絡はない。女性の本名が明かされることもない。確定申告をしたいから源泉徴収票を出してと言っている「明美ちゃん」は一体いつからいつまで働いていたのか分からないのである。
原さんが必死にきちんと把握できるように整理しましょうと言ってもママは何処吹く風。
結局、指名の伝票を元に探偵の様に類推し、
「ここから指名の数が極端に減っているから、この時にチェンジしたのかもしれないわね」と原さんは自分に言い聞かせるように指名伝票を食い入るように見ている。
・・・こうしてゲンセンチョーシューヒョーは作成(もしくは捏造か?)されていったのである。
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